「こわし屋と古木屋」

住宅は古くなると解体されますが、戦前までは「解体業」という言葉は無くて、家屋の取り壊しをする者を「こわし屋」、こわした古材を販売する者を「古木屋(ふるきや) 」と呼んでいたそうです。 『木造家屋の取り壊しは、原則として建築工程の正反対の順序で行っていた。木材の部材はホゾなどを傷めないように解いた後、釘はすべて抜いて種類ごとに荒縄で結束し、瓦は割れないように屋根から降ろして集積、あるいは4枚ずつ荒縄で結束する。また、金物類は抜いた釘を含めてすべて集めて回収した。 』(全国解体業団体連合会「木造(軸組)住宅解体組成分析調査報告」)。「古木屋」はこのようにして出てきた古材を、新材と同じように林場(りんば)に立てかけて販売していたということで、このような形は1970年頃まで続いていたということです。1970年頃にこのような仕組みがなくなって、ただ壊して適当に処分する業者が現れて、機械ですべて一緒くたに解体する「ミンチ解体」が全盛になり、住宅は解体されてゴミになってしまったということです。

「こわし屋」と「古木屋」の話には私の知りたいと思っていたことの一つがありました。それは、住宅を造る技術とは、本来ゴミにしない技術だったということです。同じ報告書では、古木屋のもう一つの仕事である移築解体について、次のように書かれていました。 『移築解体こそが解体職人の腕の見せ所であり、多くの職人が腕を競っていた。また、建物の解体は廃棄ではなく移築、最小限再利用(リユース)を意味し、重要な建物ばかりでなくごく普通に移築解体が盛んに行われていた。(中略)しかし、昭和50年( 1975年)ごろからは材質の低下、接着剤の使用、職人不足、費用等々の問題から移築解体はほとんど影を潜めた。 』

私はここで大きなことに気がつきました。造る技術とこわす(こわすとは再利用が前提の言葉です)技術が同時に存在していなければ、すべてはゴミになってしまうのだということを。住宅が何十年か使われて「こわされる」ということは、造るときにこわされることが前提であったわけですから、こわせるように造られていたということです。それは、造る技術のなかにこわす技術が同時に存在していたということに他なりません。私は人間の技術の原点は、ここにあるのだろうと思いました。今造る時に、未来にこわすことがギュット圧縮されて入っていなければならないということ、そしてこの圧縮する技術とは、私たちが過去に持っていた技術だということ、それらが現在の技術を構成しているということ。

話はこうなります。過去に持っていた「こわす技術」と「造る技術」が現在の技術の中に圧縮されて入っていて、未来にその技術を伝えることができれば、その技術で造られたものは解体されてゴミにならない可能性を持つ。可能性といったのの、ゴミにしないためには、社会的な仕組みが必要で、未来にそれが存在しているかどうかは分からないからです。

 

図:日本の産業廃棄物の排出量の推移のグラフ、年間4億トン前後の排出量は変わらない。産業廃棄物の20%が建設系の廃棄物

表:住宅の建設戸数と滅失(解体)戸数を5年ごとに集計した推移。1974年から1998年まで、着工戸数が700万戸以上に対して滅失戸数が400万戸以上という数値は、日本の住宅がスクラップアンドビルドのくりかえしであることを明確に示している。日本の住宅の寿命は30年と言われていることを、もっと切実な問題としてとらえるべきだと思う。

 

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